2009年11月23日

欧州・南米最強国の初対決・前編【W杯1954ハンガリーVSウルグアイ】

1930年に開かれた第1回のW杯は、欧州の有力国が参加していませんでした。

そのためワールドとは名ばかりで実質的には南米王者決定戦のようなものでした。

その後も様々な理由によって強豪国の不参加が相次ぎ、名実ともにワールドカップといえるような大会となったのは、1954年に行われた第5回のスイス大会が最初でした。


今回取り上げる試合は、そのスイス大会準決勝ハンガリー代表VSウルグアイ代表戦です。

当時のハンガリー代表は、「渦巻き理論」を基にしたトータルフットボールの原型ともいうべきサッカーで戦っていました。

1950年6月のポーランド戦以降4年間無敗という驚異的な記録を残し、W杯スイス大会の優勝候補筆頭と見なされていました。

ハンガリー代表の名声を決定づけたのが、1953年11月25日に行われた、英国チーム以外にはホームで負けなしだったイングランド代表との試合です。

このときのイングランド代表は「伝説のドリブラー」サー・スタンリー・マシューズというスーパースターを擁しており、サッカー母国にして世界最強国を自認していました。

けれどもハンガリー代表にはまるで歯が立たず6−3と蹴散らされています。


その翌年の5月23日にイングランド代表は、ハンガリーの首都ブダベストへ訪れ、母国のプライドを懸けたリベンジマッチに臨みました。

このチームには前回の対戦では欠場していた、マシューズと並び称された「天才ウインガー」トム・フィニーも加わっています。

しかし、ここでもイングランド代表は7−1と完膚無きまでに叩き潰されます。

トム・フィニーはのちに「あの試合は馬車馬とサラブレットがレースをしていたようなものだった。」と語るほどの惨敗でした。





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posted by hume at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー戦術史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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