2007年09月10日

司令塔とチャンスメーカーとゲームメーカーの混同による問題

司令塔というとA代表では中村俊、五輪代表では梶山がそうなのだろうか。

間違っても駒野を司令塔という人はいない。

それではチャンスメーカーならばどうだろう。

駒野がチャンスメーカーであるということに異論のある人もいないだろう。

あれだけアシストを連発していた選手が違うとは言わせない。

ならばゲームメーカーならばどうだろう。

攻撃を組み立ての中心となったかというと言えない。

サポート止まりだ。

何が言いたいのかというと司令塔・チャンスメーカー・ゲームメーカーは、まったく異なるものを指す用語だということだ。


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チャンスメーカーとゲームメーカーについてだが、この両者が混同された原因は、95年に名波が登場するまで日本に本格的なゲームメーカーが1人もいなかったことにある。

名波以前に司令塔と呼ばれた選手達の中には、タイトなスペースでの卓越したボールコントロールと正確なパス技術を備えた選手はいても、的確な戦術眼で攻撃のリズムをコントロールできるオーガナイザーは1人としていなかった。

Jリーグ以前の日本代表の司令塔だった木村和司や礒貝洋光、そしてラモス瑠偉もゲームメーカーとはいえない。

彼らがゲームメーカーになりえなかったのは70、80年代の日本のサッカー環境を考えれば至極当然である。

当時の日本サッカーは完全な攻守分業体制。

ゲームメークなど小難しいことを考えなくとも、前線からの守備など皆無だったため、ショートパスを足元に繋ぐだけで容易くボールを運べた。

テクニシャンは前線で待っていれば自然とボールが集まり、ひたすらチャンスメークに専念することが出来る環境だった。

つまりゲームメーカーが生まれる土壌自体がなかったのである。

ちなみにラモス瑠偉だが、彼は母国では無名のDFだった。

ゲームメーカーとしての素地がなかったとしても仕方がない。


さらに誤解を進行させてしまったのが中田・中村・小野といった「トップ下→ボランチ」コンバート組の存在である。

彼らはチャンスメークとゲームメークどちらもこなせる真の意味での司令塔だった。

そのため、彼らを媒介にして『チャンスメーカー=司令塔=ゲームメーカー』という錯誤の三角関係が国内に完全に定着してしまった。

この錯誤の一番厄介な点は、錯誤が一般層だけでなく専門家にまで広まってしまっている点にある。

それにより、ゲームメークの資質に欠ける選手をパスセンスに優れるというだけでトップ下からボランチにコンバートするという不合理な選手起用が横行した。

その典型ともいえるのが五輪代表の梶山である。

彼はチャンスメーカーであってゲームメーカーではない。

昨日のサウジアラビア戦で梶山がいったい何度攻撃を組み立てたというのか。

そもそも彼がゲームメーカーだったならば、FC東京がああもロングボールを多用したりはしない。

いい加減に気づけ反町。

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posted by hume at 01:31| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 サウジ戦ではあのポジションでの梶山の存在意義がよく分からないゲームに見えました。後方からのピッチの幅を広げるような大きな展開があるわけでもなく、ゲームの流れの中で、アクセントとなるようなボールキープやポジション移動などのメリハリを見せるわけでもなく淡々と守備をする姿に・・・。違和感を持って観てましたがこの記事を呼んで納得しました。彼はゲームメーカーではないのだと。彼のアイデアや技術はもっと前のほうで生きるのかな?
Posted by カタヤマ at 2007年09月10日 11:01
たまに得体の知れないフィジカルの強さや   ボール捌きをみせるのであんなとこにおいてるんでしょうね。原も反町も。
ゲームメークはゲームメークとしか言いようが
ないので混乱してる人も多いのもわかります。
私も含めて。ゲームメークってなによ?って
メンバーに聞かれたらどうやって答えたらいいでしょうか?w
Posted by UO at 2007年09月10日 15:47
>カタヤマさん
単に前に配置するだけでは活きないでしょうね。
視野が狭いのかサイドを使うのが異常なほど下手な選手なので3トップや1トップの下で使うのは厳しいと思います。
活かそうと思えば2トップの下でないと。

>UOさん
ゲームメークというのはチャンスメーカーがチャンスメークできる状況を創り出すことだと私は考えています。
麻雀に例えるならゲームメークは配牌からリーチを掛けるまでです。
上がるかどうかはチャンスメーカーとフィニッシャー次第。
ゲームメーカーのいないチームは、一牌ツモるごとに何を切るか考える打ち手。
ゲームメーカーのいるチームは、配牌から最終形を想定しながら打つ打ち手。
そんな風に考えるとよいのではないでしょうか。
サッカーも麻雀も刻一刻と状況が変化し、それに合わせて的確に情報収集、分析、選択する能力が必要です。
さらにサッカーは、それらを周囲と連携しつつ実行に移す能力も要求されます。

Posted by hume at 2007年09月10日 20:57
実は90年W杯のイタリア代表を懐かしく振り返る
記事をブログにUPしようと思ってたら
humeさんのこの記事を見てビチーニの考え方が余計に納得。
あのチームのゲームメーカーはドナドニでも
当然R・バッジオでもなくジャンニーニだった。

梶山外して陽介(もしくは上田)入れたほうが
遥かにマシなチームになると思いますが・・・
Posted by トラマ at 2007年09月11日 08:18
>トラマさん
ビチーニの考えとやらはなかなか興味深いですね。

五輪代表のほうは・・・選手じゃなくて監督を交代するでFA。
Posted by hume at 2007年09月11日 19:20
ビチーニの考え方というか
ジャンニーニのポジションと役割ですね。
90W杯当時(さらに88年のEUROも)に
あのアズーリを見たときドナドニと彼が
攻撃的MFで並んでいたように思ってたんですが
実際のところ彼の役割は今で言うレジスタ
そのものだったということに最近気づきました。
だからデナポリやデ・フランチェスコのような
運動量豊富で守れるサイドハーフが必要だったんですね。
彼の役割を現在そのまま引き継いでるのがピルロ。
2006年のチームと1990年のチームって似てないようで
共通点が結構ありますね。
中盤の配列なんてそのまんまだし
サイドバックの攻撃力が重要なオプションであった点も同じですし。

Posted by トラマ at 2007年09月11日 19:41
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Posted by 通販 ファッション at 2013年07月28日 04:32
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